第4場
暗転幕、上がる
ーーーー舞台、明るくなると煙草屋の場面、婆さん、住職。隣の土地は更地になっている。
婆さん 「お住っさん、そういうわけで、子供のないわたしに急に可愛いい孫ができましてなあ」
住職 「そらしかし不思議な縁というか、えらいことでしたなあ。一月の間に、色んなことがあったんですなあ。
それにしてもずっとお元気そうでなによりです」
婆さん 「血圧のことなんか考えてるひま、おませんでしたわ。ハハハハッ(住職も一緒に笑う)
まあ、こないに動けるゆうことは、ありがたいことですわ」
住職 「圭子さんでしたかねえ。その娘さんのことで、気い張ってはるのがいいんでしょうね。
ところで圭子さんは?」
婆さん 「病院へ検診に行ってますねん。もうそろそろ帰る頃やと思いますけど」
ーーーー一組の初老の男女が店先を覗いては行きつ戻りつしている。入ろうかどうか迷っている様子。
      決心したように入ってくる。 
圭子の父 「ごめん下さい」後ろで、妻がうつむいている。
婆さん 「へい、おこしやす」店へ出ていって「なんにしまひょ」ーーーー二人の姿を見てハッとした様子。
「圭子の父親でございます。先日は電話で失礼いたしました。この度は、圭子が大変ご迷惑をかけまして・・・・。
すぐにも迎えに上がらねばなりませんのに、お恥ずかしい次第で、これの身体具合も悪かったものですから、
おっしゃる通りにさせていただいたようなわけでして、今日はいよいよこんなことしてたら
いかん。早くお目にかかって、お礼も申し上げ、圭子の気持ちも聞きたいと思いまして、
参ったようなわけでございます」
ーーーー婆さん、少し無愛想に
婆さん 「そうでっか、それはそれは、まあ、むさ苦しいとこですけど、お上がりやす」
「はっ、それでは、ちょっと失礼いたします」
ーーーー三人、部屋に戻ってくる。住職、そわそわして、
住職 「あの、それじゃ、わたしはこれで失礼します」
ーーーー婆さん、真剣な顔で
婆さん 「お住っさん、お急ぎですやろけど、お願いです。もうちょっとおって下さい。なっ、頼んます」
住職 「そやけど・・・・ちょっと・・・・」
婆さん 「いえ、わたい、今日は何を言うやわかりません。お住っさんにも聞いとってもらいたいんです」
住職 「そうですか」
ーーーー住職、あきらめて、座り直す。ちょっときまり悪そうに両親に会釈する。
「あの・・・・・圭子は・・・・・」
婆さん 「ああ、ちょっと出かけてますけど、じきに帰って来ますやろ」
「身体のほうはどんな具合でしょうか」
婆さん 「はあ、元気だっせ」
ーーーー住職、婆さんがつっけんどんなので、間でおろおろしている。圭子、帰って来る。
圭子 「ただいま」
「圭子!」母「圭ちゃん!」
ーーーー圭子、一瞬、立ちすくんで、後ずさりすると背を向ける。
「元気そうじゃないか。良かった。良かった」
ーーーー婆さん、不機嫌な顔になる。小声で
婆さん 「何もええことあるかいな」
「圭ちゃん(涙声)あなた、どうして帰って来てくれないの・・・・・随分心配したのよ、圭ちゃん・・・・・」
ーーーー父、母を制して
「今日は迎えに来たんだよ。一緒に帰ってくれるね。いいだろ」
ーーーー婆さん、いらいらして、たまりかね
婆さん 「なにを猫なで声出してはりますのんか。おやだっしゃろ。娘だっしゃろ。
もっと普通にポンポーンと言えまへんのか。ああ〜、気色の悪う、さぶいぼが出ますわ」
婆さんがカッカッしているのを見て
住職 「血圧、血圧」婆さん、住職を睨んで、
婆さん 「そらわかってます。そんなもんどうでもよろし」
ーーーー住職、首をすくめる。
婆さん 「圭子はん、お父さん、お母さんが迎えに来はったんや。いっしょに帰りなはるか」
圭子 「いやです。ここにおいてください。ずっとここにお願いです」
ーーーー両親、がっくりする。
「だけど、ここは他所さんのお宅なんだから、いつまでもお世話になってはご迷惑じゃないか」
婆さん 「うちとこやったら、別にいつまでおってもろたかてけっこうだっせ」
住職 「中村さん。そんなこというたら、えらい話がややこしいなるのと違いますか」
婆さん 「よろしいねん。こうなってみて、わての気持ちがはっきりしました。圭子さんにはここにおってもらいます。
それにしてもあんさんがた、ちょっとおかしいんとちがいますか」
ーーーー父、ややあって、母と顔を見合わせ、意を決したように思い詰めた顔で
「実は私たちは子無しだったんです。いろいろと検査してもらったり、努力したんですが・・・・・・
どうしても子供が欲しくて、施設にいたこの子を養女に
貰い子したんです。どこかに遠慮があるのは、やっぱり親に成り切れていないんでしょうかねえ・・・・」
ーーーー婆さん、愕然として
婆さん 「そうだしたんか。うわあ〜、えらいこと言うたがな。圭子さんから何も聞いてへんもんやから、
えらいこというてしもて、堪忍しとくれやっしゃあ。
あ〜、えらいこというてしもた・・・・なんにも知らんとからに。お住っさん、どないしまひょ〜」
住職 「まあ、まあ、悪気で・・・・・やっぱり言うてしもたんですわなあ〜」
ーーーー婆さん、天を仰いで長嘆息
「圭ちゃん、あんた、なんで急に荒れてしまうようになったん。お母さん、未だにわからへんの。
あんた見てると、自分で自分を苦しめているようで・・・・・
とっても辛いの。お願いやから教えてちょうだい・・・・・なにがあったん・・・・・」
「今はよしなさい・・・」
「だって・・・・」
ーーーー圭子、店の柱にもたれて、うつむいていたが、顔を起こすと、眼を閉じたまま、
上方をむいて、絶望的な調子で
圭子 「うちは・・・・うちは・・・・・コインロッカーに捨てられとったんやろ」
ーーーー一同、驚く。母親、悲鳴のような声で
「あんた、それを誰に・・・・・」
ーーーーヤクザ、数人入ってくる。圭子、驚いて、両親のそばにかけよる。両親、抱きしめる。
ヤクザA 「これはこれは、お取り込み中、はばかりさん。コインロッカーがどないぞしたんかい・・・・
中村はん、今日はええ返事、聞かしてもらうまで、ここ動かへんで。
若いもんは気が短いよって、何するやわからん。それをわしが押さえて、まあ、穏便に話をつけたろいうとんねん。どないだ、中村はん」
婆さん 「ああ・・・・・今、えらいこと聞いて、ショック受けてんのに、またぞろあんたらかいな。
今、それどころやない、帰ってんか」
ヤクザC 「なにお!なめとったら承知せんぞ!」
婆さん 「あんた、それしか言うこと知りませんのか」
ーーーーヤクザC、いきり立って「クーッ」、B、押さえる。
「どういう事情か知りませんが穏やかじゃありませんなあ」
ーーーーヤクザA、なにかを感じたように黙っている。
ヤクザB 「どこのどいつや。知らんもんは大人しゅうすっこんどったらええんじゃ。
怪我せんうちに帰った方が身のためやど・・・」
ーーーー婆さん、住職、お父さんを止めようとするが、お父さん、落ち着いて、
「どうも、これは一つ、事情を聞かせてもらうことになりそうですなあ」
ヤクザC 「なにを!なめ・・・・言いかけて、あわてて口をつぐむ。」
ヤクザA 「なにもんじゃい」
「私ですか?わたしはこういうもんです」警察手帳を出す。
ーーーーヤクザたち、ギョッとして後ずさる。
「なんなら、署の方でゆっくり事情を聞かせてもらいましょうか」
ヤクザA 「へっへっへっへっ、旦那、ご冗談を・・・・・あっしたちは、ただ商談で伺ってるだけでして・・・・
なあ、婆さん」 
婆さん、プイッとそっぽ向く。
「それじゃ、今日のところは穏便にお引き取り願おうか」
ヤクザA 「クッ、仕方がねえ。おうっ・・」
ーーーーA、BCを促す。ヤクザたち引き上げる。
ーーーー住職、婆さんヘナヘナとなる。母親、圭子と抱き合っている。父、歩み寄って、
「苦しかったろう。可哀想に、誰にも言えることじゃない。一人で苦しんでいたんだね・・・・
私たちも心のどこかでおびえていたんだ。これでいい、
なんだか、胸のうちのもやもやがすっきり消えたようだ。・・・・・ありがたい・・・・・
中村さん、誠に厚かましいお願いですが、圭子の言うとおりに
してやりたいと思います。ご厚意に甘えて、今しばらく置いてやって下さいませんか」
婆さん 「せっかくですけどな。きっぱりとお断りします」
ーーーー住職、驚いて、
住職 「ええっ、さっきは居たいだけ居なはれ言うてましたがな」
婆さん 「気が変わったんだす」
住職 「そんな」
「そうですか」
婆さん 「そんなぜいたくなわがままな娘やとは知らなんだ。さっさと連れて帰っとくなはれ」
ーーーー圭子、婆さんに歩み寄る。
圭子 「おばあちゃん、わたし・・・・」
ーーーー婆さん、圭子の頬を打つ。圭子、崩折れる。母、かけよってかばう。
「なにをなさるんです」父も歩み寄る。
ーーーー婆さん、眼顔で父に語りかけ、立ち上がった圭子と母と父親の三人を押し出すようにする。
声を振り絞って、
婆さん 「さっさと帰っとくなはれ・・・・・」
ーーーー父と母、婆さんの心がわかり、拝むように圭子を抱きかかえるようにして、出口に向かう。
ーーーー信一、殴られて、鼻血、傷だらけの姿で、よろめきながら、走り込んでくる。
倒れ込みながら・・・
信一 「逃げろ、みんな逃げろ、奥へ逃げるんや〜!!」
圭子 「信ちゃん!」
信一 「勝治がダンプで突っ込んで来よる〜、表は間に合わへん、奥へ逃げてくれ〜!」
婆さん 「ええ〜、そんな、もお〜、無茶苦茶でござりまするがな」
住職 「ああ〜、わたしのスクーターが表に〜」
信一 「わあ〜、来よった〜〜〜」
ーーーーダンプ、突っ込む。轟音と共に暗転(暗転幕を下ろす)
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