劇団パンタカ第4回公演:昭和60年4月9日:神戸文化大ホール
【釈尊降誕祝典劇】
『王舎城物語』ーー本当のしあわせを求めてーー、一幕十場
配役:釈尊・・・林 市郎、ビンビサーラ・・・浅野正運、イダイケ・・・中島由子、アジャセ・・・立花正則、王妃・・・坂本弘子
デーヴァダッタ・・・中野天道、ジーヴァカ・・・藤本慈晃、月光大臣・・・佐々木晟夫、大臣A・・・湯浅大雄、牢番・・・岸 秀介
占者・・・明石和成、刺客・・・浅野孝次、仙人(声)、衛兵たち、インド舞踊・・・西村英子、大谷能子、合唱・・・浜田諭稔、
ナレーター・・・矢坂誠徳ディレクター・・・甲斐宗寿、衣装・・・西村英子、脚本・演出・・・冨士玄峰、舞台美術・・・川下秀一
第七場 | ・ |
ーーー明るくなると、花道近くにイダイケ夫人と侍女 | ・ |
イダイケ | 「我が夫、ビンビサーラは今頃、石牢の中でどれほどの苦しみを受けておられるだろうか。ああ、あのやさしかったアジャセがこのような仕打ちをするとは、いかなる悪い因縁があるというのでしょう。それにまた、どうしてあのデーヴァダッタのような悪人がお釈迦様のお身内なのでしょう。もはやわれあ二人に生きる望みはない。これほどの苦しみがこの世にあろうとは想っても見なかった。ああ、こんな悲しいことがあるでしょうか。どうか、わたくしどもを、このおぞましい世の中から救い摂ってくださいまして、清らかな真実の国に生まれさせてくださいませ」 |
侍女 | 「おきさき様、あれに見える鷲の峰におられるお釈迦様におすがりなさいませ。きっと救いの手を差し伸べてくださいますよ」 |
イダイケ | 「おお、そうであった。この上はみほとけにおすがりするより他に道はない」 「南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏・・・・・」 |
ーーー舞台、明るくなると、アジャセが王子を抱いている。若い妃も横にいる | ・ |
アジャセ | 「おお、ウダや、ウダや、可哀想に、指が痛いか。こんなに膿を持って。ちゃんとジーバカ先生に見せて薬を塗ってやっているのか」 |
妃 | 「はい、でも、なかなか治りません。可哀想に熱と痛みでよく眠れないのです」 |
アジャセ | 「わたしの小指も同じように、今も膿んで治らぬ。これは生まれてすぐに高いところから親に捨てられたときに傷ついたものだ。親も子も同じように病むとは不思議な血の因縁なのだなあ」 |
妃 | 「ほんとうにお気の毒なこと。その訳を知りましてからはわたしは因縁ということの深い意味を考えずにはおられません・・・・」 |
アジャセ | 「ほんとうにそうだなあ。お〜よしよし。膿を吸い出してやろう。今に楽になるぞ。よしよし・・・・」 |
ーーー膿を吸っては吐き、吸っては吐き出す。柱の影から見ていたイダイケ夫人、まろび出て、泣き伏す。 | ・ |
イダイケ | 「ああ、アジャセよ!許しておくれ。予言者の言葉を信じて、大変な罪を犯しました。こうなったのも当然の報い。さりながらそなたの幼い頃、やはり、この児と同じようにそなたの父君が膿を吸われたのですよ。今と同じようにあやしながらねえ。そなたがそうしているのが、お父様のその時の様子にそっくりなのだよ。それを思えば親子というものは争えないもの。どうか、アジャセ、わたしはどうなってもよい。お父様を許してあげておくれ。後生だから、アジャセ!」 |
ーーー顔をそむけて涙をこらえているアジャセから妃がウダを抱き取る。アジャセ、片手で顔をおおう。 | ・ |
妃 | 「あなた」 |
ーーーアジャセ、涙を振り払い、嗚咽しながら | ・ |
アジャセ | 「ああ、恨みの思い、それもこれまで。やはり、父上はやさしい父上であった。なにを惑うてこのような非道を犯したのであろう。たとえ過去の因縁が事実であったとしても、もはや充分すぎるほど苦しまれた。母上、お許し下さい。わたしは父母の恩に報いるに恨みを以てするという大罪を犯しました。わたしこそ、裁かれて石牢に入るべき人間です。おおっ、父上を、父上を牢からお出しせねば。誰かある!行って一刻も早く、父上を牢からお出ししろ!ええい!早くしろ、一番に駆けつけたものには褒美を取らすぞ。さあ!行け行け、走るのだ!」 |
ーーーアジャセ、イダイケに歩み寄り抱き合う。イダイケの手を引いて椅子に坐らせ、顔を見合わせ「アジャセ」「母上」衛兵、慌ただしく駆け込んでくる。 | ・ |
衛兵 | 「申し上げます、申し上げます」 |
アジャセ | 「何事だ」 |
衛兵 | 「おそれながら先王ビンビサーラ様には、ただいま獄中にてお亡くなりになりました」 |
アジャセ | 「なに!」 |
イダイケ | 「ええ!それはまことか?」立ち上がる。 |
アジャセ | 「父上が亡くなった?父上が死んでしまわれた、だと?」 |
イダイケ | 「ああ!あなた!」半狂乱になって牢へ走る。アジャセも後を追う「父上〜!」と絶叫。 |
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