(4)

なぜわれわれの国は再三再四、その自由を失ったのか?
どうして我々はそんなにしばしば外国支配を被ってきたのか?
それはこの国が敵に対して、決して一丸となって立ち上がらなかったからだ。
それはいつも社会の小さな一部分だった。
それを圧服した人はだれでも征服者になった。
これは主にヒンドゥーの有害なカースト制度に当然帰すべきである。
第二次世界大戦はヨーロッパで1,939年から45年までの間戦われた。
戦いで殺された兵士たちは、直ちに新しい補充兵によって入れ替わった。
かってこの戦争の勝利の名誉が、社会のある特殊なコミュニティー、
もしくはセクションに帰すべきものだということをだれもが語ってはばからなかった。
ところがわが国では過去において、もしすべてのクシャトリアが戦いで全滅しても、
チャトールヴァルナに従って、なんらの動員も補充もありえなかった。
この忌まわしい法に従って以来、クシャトリアだけが戦う権利を有していた。
これが過去に起こってきたことだ。これがこの国が長い間、奴隷にされていた理由だ。
武器を執る権利を我々に拒まなかったなら、この国は決して自由を失わなかったし、
いかなる侵入者もこの国を征服することに成功しなかったに違いない。
ヒンドゥーイズムはだれも救い得ない。ヒンドゥーイズムにはだれのための救済もない。
ヒンドゥーイズムの信条に従って、いわゆる上級カーストだけが利益を受けてきた。
私の述べることにはいささかの誇張もない。
シュードラやアンタッチャブルは何を得たか?
ブラーミンの妻は妊娠するやいなや、高等裁判所判事のどこかのポストが空いたかどうかを考える。
しかし我々の女が妊娠したとき、彼女は市の委員会の管轄下にある清掃人の職より以上のものをなんら考えることはできない。
この悲しむべき状況はただヒンドゥーイズムのゆえに存在しておりはじめにこの程度の野心を、そして後に堕落を教え込む。
我々がヒンドゥーイズムの奴隷であり続ける限り、われわれの地位に何らの変化もないことが予想され得る。
我々がもし何らかの希望を持つとするならば、それはヒンドゥーイズムを放棄することによってであり、またブッダの道に従うことによってである。
さぁ、今や我々は仏教の原理を考えてみようではないか。
仏教の根本原理は「平等」だ。
ロードブッダの時代の僧団に加わっていたすべての比丘たちとおよそ75%はブラーミン階級に属していたし、残りの25%がシュードラであった。
その時でさえ、仏教はシュードラの宗教と呼ばれた。”おお、比丘たちよ!君たちは異なったカーストに属し、さまざまな土地からやってきた。あたかも大河が大量に流れ込んで、それぞれの本体を失うように。おお、同行らよ。これらの4つのカースト、クシャトリア、ブラーミン、バイシャ、シュードラを如来によって示されるように、教えと規律に従ってこのようになすべきである。あなた方はカーストの異なった名前や位階を正式に放棄して、そして一つの同じソサイエティーのメンバーとなるのだ。”
これがブッダの言葉である。
分離主義とアンタッチャビリティーに対決して声を発したただ一人の人がいた。
その人こそロード・ブッダであった。
はじめにロード・ブッダはほんの十人か二十人のビクシュを得た。
これらのうち九人か十人はシュードラであった。
このことをビクシュたちの自伝的偈頌「ガータ」長老偈経「テーラガータ」長老尼経「テーリガータ」と題されたものからも明らかである。
これらの作品は仏教がカーストを認めず、進歩、向上の自由を与える唯一の宗教であるという事実に対して証拠となる。
私の政治活動が過激だとみなしている政敵たちは私のことをずる狐だと言っている。
彼らは言っている。
私がスケジュールド・カーストのためにでき得る限り多くの利権をしぼりとることをしていると。
他方で、私が宗教を変えることに関して、決心するのになぜそんなに長くかかったかを訝っている人々がいる。
”これまでずっとあなたは何をしてきたのか”と彼らは尋ねる。私ができる唯一の返答はこうだ。
”宗教の問題は最も難かしいし非常に厳粛な問題だ”と。
実際、この宗教の価値について人々を教育すること、
そして人々に「ダンマ」の教えに従った生活習慣を教え込むことは、莫大な責任のあることなのだ。
それほど重大な責任を担った人は他に誰もいないし、将来にも誰かがそのような重大な責任を担うことを求められるとは私は思わない。
もし私にさらに数年、生きることが許されるなら、私はきっと今日、引き受けた仕事を好結果へともたらすだろう。
ある人々は当然のようにこう質問する。
”アンタッチャブルたちは仏教徒になることによって、何を得ようというのか”と。
それは一言でいえば無益な質問だ。
宗教は裕福な階級に必要であろうか。
いや、おそらくそうではない。
一生の間、高い地位に着き、住むための素敵なバンガローと、
生活のあらゆる楽しみを買うお金と、かしずく召し使いを有する人々は、宗教をほとんど必要としない。
このことは私にドイツの学者、ヴィンテルニッツを思い出させる。
「The Watergang Rabelan Depth」この本は彼が推薦し、私がとても啓発されたものだ。
「貧しい者たちだけだ」と彼は言った。「宗教を必要とするのは」、希望が生活における活動のバネなのだ。
宗教はその希望を与える。それゆえ人類は宗教に慰めを見いだす。
そしてこのことが貧しい者たちが宗教にすがりつく理由なのだ。
キリスト教がヨーロッパにその道を築いたころ、ローマやその回りの状況はぞっとするものだった。
人々は腹を満たすだけの食物を十分に得られなかった。
彼らは悲惨な貧困のうちに生きていた。
しかしキリスト教がローマに浸透したとき、
キリスト教の呼びかけに対して共鳴する反応を広げていった人々はどのような人々かご存じだろうか。
その霊性を確信した人々ではなくて、惨めで貧しく、抑圧された人々で、
彼らには無料で配給されるオートミール粥が食事としてあてがわれた。
奴隷として、また農奴として彼らのローマ人の主人のために働く人々だった。
貧しい人々、抑圧された人々がキリスト教の帰依者になったのだ。
有名な歴史家で「ローマ帝国興亡史』の著者であるギボンはキリスト教を軽蔑して、貧乏人や乞食の宗教だと決めつけている。
ギボン氏は今日、生きていないが、彼はきっとヨーロッパのすべてがキリスト教に吸収されているのを見れば、衝撃を受けるに違いない。

                                        次へ