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第二場

(NA)アングリマーラとなったアヒンサカは街へ走り出ると、四つ辻に立って、狂うままに剣をふるって道行く人を殺しました。それはさながら悪鬼羅刹のようでした。人々の死骸は山を築き、恐怖の声はたちまち街中に広がりました。お釈迦様のお弟子たちは朝の托鉢に出て、この噂を聞き、祇園精舎に帰って、お釈迦様に告げました。
お釈迦様は直ちにこの哀れな若者を救うために四つ辻に向かわれました。
ーー釈尊、上手から登場。下手から牧草を担いだ男が登場。
村人 「おおっ。お釈迦様。大変です。そちらに行ってはなりません。恐ろしい殺人鬼が道をふさいでおりますよ。危のうございます。」
釈尊 「たとえ、私に世界中の者が刃向こうてきても、少しも恐れることはない。ましてや、一人の賊が何であろう。」
ーー釈尊、下手に退場。
(NA)アヒンサカの母親は何日も帰ってこない息子を捜し求め、町にやって来ました。アングリマーラとなったアヒンサカはすでに九十九人を殺し、九十九の指をつないで首飾りにして、最後の一人を待ち受けていました。そこへ何も知らない母親がやって来ました。
ーー母親、現われる。
ーーアングリマーラ登場。母親を見つけて剣を振り上げて歩み寄ろうとする。その二人の間に「せり」が上がり、釈尊、登場。アングリマーラは「よし」とうなずきながら、剣をふるって迫るが、不思議にも力が尽きて、一歩も進むことが出来ない。彼は思わず叫ぶ。
アングリマーラ 「沙門よ。しばらく止まれ。動くな」
釈尊 「私は前からここにいる。立ち騒いでいるのはお前だけではないか」
ーーアングリマーラはうめいた。
釈尊 「アングリマーラよ。わからぬか。私は人を殺したり困らせたりしたことはない。心はいつも静かに止まっている。それに引き替え、お前は生き物を殺そうとする心が強く、自分を押さえることが出来ない。お前の心は嵐のようにあれ騒いでいるのだ。」
アングリマーラ 「何を言うか、う〜ん、おのれ」
釈尊 「まだわからぬのか。哀れなものよ」
ーー指鬘は剣を振りかざして迫る。釈尊は静かに右手をかざされる。
アングリマーラ 「ううっ。眼がくらむ。なんだ、妙な手つきをするのはよせ。いま、一太刀であの世へ送ってやる。ううっ、手がしびれる。」
ーーアングリマーラ、剣をバッタと落とす。
アングリマーラ 「う〜ん。手がしびれて、身体が動かん」
ーーアングリマーラ。のたうちながら、後ろにのけぞり、倒れる。ややあって、起きあがり、おのれの首の血まみれの指の首飾りに気付き、眼をむいて、恐怖の形相もものすごく、引きちぎる。夢から覚めた人のごとく、おのれ自身とあたりを見回し、呟く。
アングリマーラ 「いったい何があったというのだ。私はいったい、何をしたのか、この有様は。ああっ、恐れ入りました。今、初めて眼が覚めたような気がいたします。
ーーアングリマーラは目の前に転がっている剣を舞台の奥に投げ捨てる。そして我が身の様子に怯えた表情で、あたりを見回し、母の姿に気が付く。母は駆け寄り、我が子を抱きしめる。
「アヒンサカや、お前、どうして、こんな恐ろしいことを。」
アングリマーラ 「ああっ、お母さん!わたしは、恐ろしい罪を犯してしまいました。」
アングリマーラ 「ああ、どうすればいいのだろう。尊いお方。お願いでございます。どうか、狂ってしまったこの私をお助けください。」
「どうか、助けてやって下さい。お慈悲でございます」
釈尊 「アングリマーラよ。何も恐れることはない。私に付いて来るがよい。さあ、弟子よ来たれ。アングリマーラよ、母と共に付いて来なさい。
アングリマーラと母 「はい、ありがとうございます。」
ーー暗転

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