劇団パンタカ第5回公演:昭和61年4月8日(火):神戸文化大ホール
【釈尊降誕会祝典劇】
『長生王子ものがたり』
ーー恨みは愛によって鎮(しず)まるーー
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第二場 | ーーー緞帳上がる。刑場の場面。竹矢来がしつらえてあり、背後に群衆。正面に断頭台、兵士が並んでいる。下手に一段高く台の上に、法螺貝を持った兵士、合図の法螺貝を吹く |
群衆 | ーーー口々に、 「長寿王様にお慈悲を、お妃様にお慈悲を」「どうか、お助けくださいませ」 |
・ | ーーー上手より三人の巡礼登場。そこにいる町人たちに話しかける |
巡礼A | もしもし、我々は南からやって来た巡礼の旅のもの。ようやく聖地ベナレスに辿り着いてほっとしているところです。ところで・・・・」 |
巡礼B | ところで、この人々の騒ぎは一体全体どうしたことですか? |
町人A | いやあ、旅のお人。これらの多くの人々は、皆、北のコーサラ国から流れて来た人々でな。今からコーサラ国王、長寿様とお妃様が首を斬られるところなのじゃ |
巡礼C | コーサラ国とこちらのカーシー国との間に、つい先頃、大きないくさが起こりかけたことは噂に聞いておりましたが・・・・ |
町人A | ああして涙ながらに、お二人の助命を嘆願しているところじゃ |
町人B | 国を失った人々は哀れだなあ。わがカーシー国の大王梵与さまはここだけの話、異常に征服欲が強いお方で、次々と周りの国々を制圧される。我が国は栄えて結構なようだが、敗れた国の人々は悲惨なものよ。流民になってさまよっている人がこの頃、また急に増えたとは思わんか |
町人C | そうそう、壁に耳あり、大きな声では言えんが、それに引き替え、今、首を斬られようというコーサラの長寿王は、その点、偉いお方らしいなあ |
巡礼A | ほう、それはまたどうして |
町人C | そもそも、このいくさはわれらが国王、梵与さまが一方的に仕掛けられたものでな・・・・ |
町人A | いやはや酷い話よ、戦をしばらくしないと軍隊がなまってしまうからと、ただそれだけの理由で、コーサラ国に宣戦布告されたそうだ |
町人B | 驚いたのはコーサラの方だ。そりゃそうだろう。梵与王が象軍、騎馬軍、戦車、歩兵の四軍を整えて、出発したというのを聞いて、長寿王は、お妃や王子とともに城を出られたそうな。兵力も乏しいコーサラ軍のこと。無理に闘えば多くの犠牲が出る。自分たちさえいなければ、と巡礼の旅姿となって、身を隠されたそうな |
巡礼C | う~ん、それはまた、なかなかできないことだ |
巡礼A、B | う~ん そうだなあ |
・ | ーーー兵士、出てきて「法螺貝」を吹く。群衆、口々に「長寿王様にお慈悲を!お妃にお慈悲を!お二人の命をお救い下さい。あ~あ、大王様、お慈悲をーーー兵士達、人々を威嚇する |
巡礼B | しかし、結局、お二人は捕らえられてしまったのだな |
町人C | そうとも、長寿王に仕えていた一人の理髪師がこのベナレスで巡礼たちの中に隠れていた長寿王と妃を見つけて、賞金欲しさに密告したのよ |
巡礼C | 何という酷い恩知らずだ |
町人B | いやいや、その理髪師は賞金をもらってお城から帰る途中、何者かに襲われて、むごたらしく殺されていたそうな |
巡礼A | いやはや、なんともいやな話を聞いてしまった。早くガンジス河の流れに身を浸して、汚れたこの眼と耳を濯ぐとしよう |
巡礼B | そうともそうとも、処刑なんぞ、見たくもない |
巡礼C | くわばらくわばらーーー巡礼たち、立ち去る |
町人A | わしたちはもう慣れっこになっているさ。刀が一振りされれば、首と胴とが離れるだけのこと |
町人C | 首がどこまで跳ぶか、金をかける奴までいるからなあ |
町人B | この前、パンダワの将軍の首がクワッと眼を開いて、宙を跳んだときはみんな腰を抜かしたものなあ |
・ | ーーーこの会話を聞いて、深く布をかぶった三人の人間が、あまりの内容にじっと睨み付ける。小柄な方は手をぶるぶると震わせている。町人達三人の異様な気配に気付き、互いにつつき合うと、こそこそと立ち去る ーーー兵士「法螺貝」を吹く。群衆、どよめく。兵士に挟まれるようにして、長寿王と妃が連れ出されてくる。長生王子、竹矢来に飛びつく。もう一人に引き戻される。 |
チャンドラ | (合い言葉を叫ぶ)黄金の寺で逢いましょうーーー長寿王、声の方を見る。王子に気付いたのか、わざと膝を着き大音声で叫ぶ |
長寿王 | 「長きに過ぎて、見てはいけない。急いではいけない。恨みは恨みによって鎮まらず、恨み無きによって鎮まるのだ」 |
・ | ーーー群衆、口々に「おお、気がふれられたのか」「わけのわからぬことを口走っているぞ」「おいたわしや」 |
長寿王 | 私は気が狂ったのでもなく、意味のないことを言っているのでもない。心ある人は私の言葉の意味を理解するであろう。よ~く心して聞くのだ」と先の言葉を繰り返す。兵士達、こずいて、立たせ、引き立てる。 |
・ | ーーー長生王子、跳びだそうともがき、口を押さえられ、身体を押さえられている |
長寿王 | 私の言葉を良く聞いて、その意味をよく考えて、安らかな生涯を送るのだよ。恨みは恨みによって鎮まらず、恨み無きによって鎮まるのだ。人々よ、さらばじゃ |
・ | ーーー兵士、再び、引き立てて行き、刑場中央に引き据える。梵与王が出てくる。あたりを睨み廻すと |
梵与王 | 皆のもの、よく見るがよい。戦わずして城から逃げるとは、王の名に価せぬ卑怯未練な奴。コーサラにゆかりの者ども、よく見ておくがよい・・・・・・よし・・・・やれっ! |
・ | ーーー法螺貝の合図とともに小太鼓を打ち鳴らす。長寿王、そして妃と首を差し伸べさせ、首を刎ねる。群衆どよめき、悲鳴と嘆き。梵与王、退場。群衆も去って行く。見張りの兵士、二人残る。チャンドラとその妻、長生王子が残る |
長生王子 | 父上、母上、なんというむごたらしいお姿に。梵与王め、鬼にも劣る非道な奴!・・・・ああ、この仇はきっと!ーーー嘆き伏す。 |
チャンドラ | 長生様、しばらくお待ち下さい。急いで、酒を買って参ります |
長生王子 | これほどの悲しみをお前は酒で紛らせようというのか |
チャンドラ | いいえ、わたくしめに考えがあるのです |
妻 | あなた、怪しまれぬように用心なさいませ |
・ | ーーーチャンドラ、酒の壺を持ってくる。眠り薬の粉を入れる |
長生王子 | 何をするのだ。いったい |
チャンドラ | ご心配なく。ただの眠り薬でございます。あれたちに飲ませるのです |
・ | ーーーチャンドラ、兵士達に近寄り |
チャンドラ | この冷え込む夜に、お役目、ご苦労様でございます。いつもおこぼれを頂いておりますお礼でございます。一つ、これで暖まってくださいませ |
兵士A | なに!酒か!ーーーいそいそと近づこうとすると、兵士Bがさえぎる |
兵士B | これっ、仕事中だぞ。上の者に見つかったら、こっぴどく叱られるぞ |
チャンドラ | いえ~、ただのお水でございますよ。きゅっと一杯やればポカポカと身体の芯から暖まってくるというお水なんですがねえ。そうでございますか。せっかくお持ちしたんでございますがねえ。そうでございますか。お仕事中はお水を飲むのもいけませんか |
兵士A | ええい、心きかぬ奴だ。そこへ置いていけ。喉が渇いたから飲んでやろう。水であろう。ん?ただの水なんだな。そうであろう? |
チャンドラ | はいはい、お水でございます。お水でございますよ。どうぞ、どうぞ |
兵士B | そうか、そうか、飲み込みの良い奴、みぐるみ剥いで持って行ってもよいぞ・・・・ |
・ | ーーー兵士達、こっそり酒を飲み出す。しばらくすると酔っぱらい、二人とも座り込んで眠ってしまう。チャンドラと妻と長生王子は、長寿王と妃の遺体を並べ、薪を集め、荼毘に付す。三人、合掌して |
長生王子 | 父上、母上、必ずや、この仇を討って、お二人の恨みをはらします |
・ | ーーー王子、立ち上がり、ふと気付いたように |
長生王子 | しかし、先ほど、首を討たれる前に、父上は大声で不思議なことを言われた。しかも三度も謎めいたことを叫ばれた。「長きに過ぎて見てはいけない。急いではいけない」「恨みは恨みによって鎮まらず、恨み無きによって鎮まる」とはいったい何のことだ。チャンドラ、教えてくれ |
チャンドラ | 半分は解りますが、半分は私めにも解りかねます |
長生王子 | 父上、父上はいったい何をおっしゃりたかったのですか・・・・父上、母上、どうして私一人をおいて逝ってしまわれたのです。ああ~! |
暗転幕を引く | ・ |